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宇宙からの警告      生長の道

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「この宇宙には一つの巨大な中心部があり、その周囲をすべての星雲と太陽系が回っており、
ここから宇宙を活気づけ生気に溢れさせる力とエネルギーが放射されている。
個々の太陽系は「偉大な宇宙体」である宇宙の一原子に過ぎないが、これらの微細な
原子の一つ一つに「聖なる意識」である神が具体的な形で住んでいる。」

「人間の犯しうる唯一の罪は”聖なる宇宙の法則(おきて)”を破ろうとする試みだけである。
真の罪とは”聖なる法則”との調和から抜け出し、暗闇(無知)におおわれた生き方をすることに他ならない。
わが身に降りかかることのすべては、自分自身の過去の行為の報いを受けるのだ。
神は法則を作りたもうた。われわれは、この法則と調和して生きるか、さもなくば反抗して自らを破壊するか、である。」

「人間の魂は、植物を芽生えさせる種のようなものだ。種から生長した植物につぼみが生じ、そのつぼみが開いて花となる。
花は種から直ちに生じたわけではない。次のことを十分に理解しておく必要がある。
要するにあなた方は、宇宙もしくは神から、まさに自分がそこへ持ち込んだものをいつか必ず受け取ることになるのだ。
あなた方は、楽な道など決してないことをよくよく理解しておかなければならない。

---あるのはただ一つ。生長の道のみである。

「およそこの世で永久不変なものは、変化と原理だけであり、原理は変化しないが、自然に存在するすべてのものは刻々変化する。この変化はリズミカルで、一定の周期に従っている。何事も偶然ではない。この世に存在するものすべては、あらかじめ普遍の「原理」に従って計画されているのだ。自然は具体化された真理なのだ。人間は利己主義にとらわれ大半が変化を好まない。とりわけそれが、自分の卑しい自惚れや利己的かつ否定的習慣に抵触しそうな場合にそうである。」

「何かが存在するには、二つの極性が必要である。そして何かがバランスをとるには、重量か品質の一様な分布を伴う二つの中心を持たねばならない。
”無限なるもの”と”有限なるもの”は、二つのきわめて重要な極性である。”無限なるもの”は”十全なるものとしての宇宙”と見なせるのに対し、有限なるものはそのような”宇宙”の個別てきな部分と見なせよう。有限なものは”無限なるもの”の活動が原因で行動する。有限界に存在するものはすべて、その形態も存在も、もっぱら”無限なるもの”の個別的進展に負っている。
有限な知性は”無限なるもの”を見ることができないが、その存在を感じることはできるし、時間的、空間的に“無限なるもの”の近くで行動する多くのものを学ぶこともできる。」

「自然を構成する最大の部分ばかりでなく最微小の部分にも、常に平等に、すべてに浸透する”光”が存在する。要するにこの光は”万物”の中に存在するのだ。この”不滅の光”は破壊できない存在であるが、絶えず変化すると同時に、いかに分割しても常にそれ自体の内部にある秩序を保つ。」

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