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宇宙からの警告       ニセの平和に注意せよ。

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『悪人が兄弟愛を説くときは用心せよ』である。
偽善は人間の内面の非常に深いところで宗教と混じり合ってきたので、しばしば偽善を
宗教や“真理”と間違えてしまうこともある。偽善は見せかけを好む。

常に偽りは“真実”をよそおい“悪質なプロパガンダ”は愚かな人々に合わせて愛想よく登場し、
“偏見”は物事の判断を一方に片寄らせようとする。
この3つは、でたらめで騙され易い人々に簡単にばら撒くことができ、判断の尺度には少しも役立たないのである。
今日では世界の災難の半分が、偽善的外交会議の席で生み出されるのだ。

日本のタダオ・ワタナベ陸軍少佐は
「われわれ日本人は共産主義者の平和交渉にはだまされない。われわれは戦争が2度と起こらないことを望むが、平和には単に原爆を禁止する以上の意味があることも理解している。平和は四脚の机のようなものだ。それは自由・公正・安全・友愛の四本の脚からなる。どれか一本でも折れたら、机は倒れてしまうのである。だが共産主義はこの四本の脚をすべて否定しているのだ。」と言明した。
正義を欠いた祈りに平和への期待をかけるのは、愚かな妄想にすぎない。
正義と平和は大部分が補完的関係にある。
一定量の十分な誠実さと愛と精神的浄化のない所に完全な平和はありえない。

より賢明な人間になるには、騙されているよりも多くの自主性が必要かもしれない。
だが、万人の苦しみと涙を減らすはずである。
平時にある間に我々の性格を何かもっとましなものに改造しておかなければ、
戦争が我々のそのような幸運な特権を奪い去ってしまうだろう。
不幸にも人類が、自らの成長を妨げるだけで未来を奪いかねない破壊の準備を大目にみてしまうなら、どうして自分が成長し進歩しつつあるなどと信じられようか?

もしこの世界が本当に文明的であれば、いったい犯罪や拷問や大量殺人や偽りの教義などが存在するだろうか?
戦争と憎悪と不寛容が人類の生活の主要な要素である以上、人類は野蛮な未開人に過ぎない。
人類はこの2千年、より多くの自然法則を自らの快適さのために利用することを学んできただけなのだ。
霊的な生長と自覚に関する限り、人類はほとんど何の進歩もしなかったのである。

人間が自分自身を知る時、その時こそ初めて彼は神を知ることが出来るのだ。
人間は神の物質的姿に似せて作られているのではなく、霊的姿に似せて作られている。
人間は、自分が神の子ではなく、自己の最高の本質において神それ自体であることを、十分に理解しなくてはならない。

神ならざるものは何者も存在せず、神ならざるものは全宇宙に何一つ存在しない。
否定的思考や人間がと称するものも、神の完璧な秩序に関し 調和を欠いた状態の神に他ならない。
人間自身は堕落した神であるが、依然として「聖なる秩序」が否定的無秩序を完全なものに改善する際の経路である。
無秩序を少しずつ完璧な秩序に改善してゆくのであり、この完璧な秩序こそ「聖なる光」の生長と拡大に帰着するのである。

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