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天は二一六、地は一四四とは?「神の数学」

神の数学とは? 

「神の数学」佐藤敏夫先生より <一部抜粋させて頂きました。>

 ①「2次法陣」を解く(すべては自然と同様に円状、楕円状に走って納まる) 
1 2
3 4

 横12+43   =55→1
 縦13+42   =55→1
対角(左)14+41 =55→1
対角(右)23+32=55→1   (55→10→1)

②「3次法陣」を解く(すべては自然と同様に円状、楕円状に走って納まる) 

1 2 3
4 5 6
7 8 9

 横123+987   =1110→3
 横456+654   =1110→3
 縦147+963   =1110→3
 縦258+852   =1110→3
対角(左)159+591=1110→3
対角(右)753+357=1110→3  (1110→30→3)

③「4次法陣」を解く(すべては自然と同様に円状、楕円状に走って納まる) 

1 2 3 4
5 6 7 8
0 1 2 3
4 5 6 7

 横1234+7654  =8888→5
 横5678+3210  =8888→5
 縦1504+7384  =8888→5
 縦2615+6273  =8888→5
対角(左)1627+7261=8888→5
対角(右)4174+4714=8888→5  (8888→32→5)

④「5次法陣」を解く(すべては自然と同様に円状、楕円状に走って納まる)

1 2 3 4 5
6 7 8 0 1
2 3 4 5 6
7 8 0 1 2
3 4 5 6 7

  横12345+76543  =88888→4
  横67801+21087  =88888→4
  横23456+65432  =88888→4
  縦16273+72615  =88888→4
  縦27384+61504  =88888→4
  縦38405+50483  =88888→4
対角(左)17417+71471 =88888→4
対角(右)38405+50483 =88888→4  (88888→40→4)

    <この後6,7,8,9、10次元と宇宙大まで続く…。>

≪これらの各次元表の数の走りをそのまま円、または楕円で結ぶ、すると、すべての表図には「原子の走り」の姿、すなわち「原子の電子軌道図」がそこに現れるのである。≫

 ここで一つ、これら「神の法陣」の真実が明らかになる簡単な形の「数の証明式」をあなた方に差し上げることにしよう。それを見ればあなた方も納得して更に一汐の考えに耽けることになり、新たな興味が湧いてくるであろう。それは決して難しいものではなく、順序さえ踏めば簡単至極なものであり、子供でもその解決能力は十分にあるものである。
 同時にこれらは人知の果ての永遠の言葉、すなわち、人類が何時も問題にして止まなかった哲学上の問題「神は無矛盾である」の言葉の正しさを証明するものともなるであろう。要するに、「神」の御業、知業に一切の矛盾が無いと言うことは、同時に、それは「神」自体の無矛盾性を証明することにもなるのである。  <参照「神の方陣」初級講座(3)>

考えて見れば、自然知が矛盾したものであれば当然自然は存在することはなく、とうの昔に崩壊消滅しているはずである。それはすなわち、何も矛盾しているものが無い、無矛盾だからこそ現在まで存続し来ているのである。それは同時に、「神」は無矛盾だからこそ消滅することも無く今でも存在し、かつ、これからも永遠に存在する大いなる存在であるとの証明でもある。


  「ひふみ九九算表」相対半図》…(本当の自然の実体を見る)…                                                  <「ひふみ九九算表」から>

        0 0 0 0 0 0 0 0 0 0   ……Σ=45
         1 2 3 4 5 6 7 8     ……Σ=36
           4 6 8 1 3 5       ……Σ=27 (見えない世界=あの世)
            0 3 6 0         ……Σ=18
              7 2          ……Σ=09
               0 ←反転場(焦点、特異点) ……Σ=0 (当然ここから下の場(数字)も捩じれている)      
              2 7          ……Σ=90
            0 6 3 0         ……Σ=81
           5 3 1 8 6 4       ……Σ=72 (見える世界=この世)
         8 7 6 5 4 3 2 1     ……Σ=63       ∥      
        0 0 0 0 0 0 0 0 0 0  ,, ……Σ=54 <「見えない世界」とメビュ-ス的な対構造を持つ> 
<何のことはない、「あの世」と「この世」はまったく同じものがメビュ-ス的なねじれ作用と言う対逆的な関係をもって成り立っていることを物語っている自然図である。要するに、片方は「表」であり、他方は「裏」が現れていると言うことである。またこの図は古神道の言う「表裏一体」の言葉を裏付けるものでもある。>

 ここにあるのはまさに0を中心(焦点)にして広がる点対称性を持つ完全なる反転対称図である。要するに、0を焦点として180度捻られた反転鏡像であり、それは0を境にして一糸乱れぬ綺麗な表れを持っていると言う信じられない数図の出現である。
(なんと「陰」と「陽」とは空間場、空間位置の違いであり、その相似的な逆位置の関係を示すものである)

ひふみ九九算表」(10×10の自然法陣)の語る「宇宙普遍の数物語」
    <これが祝詞「ひふみ…天地の数歌」の本体である>。
 

   0000000000
  0123456780
  0246813570  天
  0360360360
  0483726150   


   0516273840   
  0630630630
  0753186420  地
  0876543210
  0000000000

   
 少々詳しく見てみよう、例えば、⑦を見てみよう、そこにある06133160と03866830は陰と陽の数列の姿であることはお解りであろう。しかしよく一つ一つよく見ると、そのお互いに加算する位置にある二つの単数とは必ず、陰陽の基本数、すなわち、0と0(9)、1と8,2と7、3と6、4と5の5種類になっていることが解る。また、その加算状態にある二つの数列もまた陰と陽の数を含み、その姿は06133160と03866830の現れである。この陰陽の相対する数である061と038を見ると061のΣは7で、038のΣは2であり、その陰陽の加算数は7+2=9である。同じように残りの33160と66830についても33160のΣは4、66863のΣは5であり、加算して9になることが解かる。その仕組みはここにある①~⑩までの数列にすべてに通じるものであり、すべては同様な仕組みで成り立っているのである。要するに、そこにあるすべての陰と陽の表れの基本の数とは<0と0(9)>、<1と8>、<2と7>、<3と6>、<4と5>の巧みな数の組み合わせのみであり、それ以外には無いと言うことである。

 これは最小単位の陰陽の数の組み合わせが次の大きな陰陽の数列を生み、その陰陽の数列がまた更なる大きな陰陽の数図を作って納まっていることを示している「天啓の図「であり、「自然の真実数図」と言うものである。それはすなわち、大自然とはすべては陰と陽の二元の組み合わせが基本となって構造化し、それ幾重にも重なって顕象体となって現れていると数がいみじくも囁いているものであり、「数の大律図」とも言うべきものなのである。

http://hifumi.busidou.jp/mail/028.html 

自然を見るがよい、すべては周期に沿って動き、周期に沿って循環を繰り返しているのである。それを直線で計り、直線系で理解しょうとしてもどうなるものではない、答は決して得られないのである。現代西洋科学はそれを強引に行い、辻褄を合わせようと必死なのである。

それでも解からなければ、平面上に円を書きその中に直線を引くのである、スタ-ト点が始まりであり、突き当たった端がゴ-ルである、スタ-ト点とゴ-ル点が一致することは決して無い。一方、「神の数学」は立体的な円を書く、それはすなわち球である。その球面上に直線を引く、するとスタ-ト点から始まった直線は一周して始点に戻り、そこがゴ-ル点となるのである。それがすなわち、<0=9>の本義であり、その姿なのである。改めて知ったうえで考えて見れば当たり前のことである。我々は、余りにも人間知の常識に囚われ過ぎてそれから逸脱できないのである。非常識を心で解すれば一瞬にして常識になるのである。世間の非常識とは大体そんなものであり、単に表し方、考え方が異なる同一なものが多い。我々も最早一次的な目を持って平面的な線上を思考探索するのは最早卒業して、二次的な目を備えて立体的な概念による新たな知の時代に突入していくべきであろう。

〔1〕『陽』の証(「ひふみ九九算」の全体図を解剖し、そこにある真実理を《数》で解析する) <一部転載>

 また、面白いことに、これらの数を一桁化する(本質を見る)とそこには087654となる数が現れて何かを囁いているのである。要するに、それは形が大きくなると本質(エネルギ-)は小さくなっていくと言う不可思議な現象の存在を語っているものである。

そのあたりを現代物理はどのように考えているのか、少々見てみよう。現在の物理定則では大きい粒子(物体)は小さい粒子(物体)よりも持っているエネルギ-は大きいと言う見解になっている。確か常識的に考えてもそのように思うのは当然であろう。しかし、そこにこそ間違いの根本があるのである。それを証拠だてるには素粒子の質量を見れば分かることである。まずは素粒子の大きい順から並べてその質量を見てみることにしょう。原子(13,6eV)、電子(51万eV)、陽子(9,38億eV)、トップク-オク(175億eV)となる ( eV=, electronvolt)。

  お解りであろうか、何と小さい素粒子のほうがはるかにエネルギ-は大きいのであり、運動も活発なのである。要するに、大きい物体とは原子や原子の集積数が多いのでお互いに運動を打ち消し合ってエネルギ-をロスし合っている状態であり、全体的には動きが鈍くなっていると言うことである。例えば、2人3脚競争を考えて見るがよい、大勢が固まって走るのと一人で走るのとでは、どちらが早いのであろうか…。

 そのあたりは漫画の世界のほうが的を射ているかも知れない。なぜなら、原子爆弾は一つの国を破壊してしまうが、それよりも小さい陽子爆弾のほうが遥か破壊力は大きくて太陽系さえもを破壊してしまうものとSF漫画には描かれているからである。

信じられる方にのみ更なる事実を告げよう、この場合も〔1〕と同様に全体図の外側に「あるべき神々」を置いてみるのである。するとそこにある神々の各場のセルの数は48、56、64、72(0)となって初源の戻る姿があるのである。その全体的な数列は、0 8 16 24 32 40 48 56 64 72となって、その比は0:1:2:3:4:5:6:7:8;9(0)となることは容易に解るのである。その姿はまさに〔1〕『陰の証』とまったく同じものである。 今度は次にこれらの数を一桁化するのである、すると何と言うこと…、そこには反対に流れる正自然数列、すなわち、0,8,7,6,5,4,3,2,1,0の数が現れていることが分かるであろう。まさに、「表の数」に対する「裏(本質)の数」の現われである。
        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
要するに、表内では0000…という「あるけど、見えない数」、すなわち神々の数をもって「この世」を締めくくり、その外側(表外)に鎮座する「姿の見えない神々」にバトンを渡しているのである。その表の外側に存在する神々の存在とその繋がりを示す数が、すなわち 54、63、72、81、の各数であり、まさに内側の「見える世界」とその外側にある「見えない世界」のすべては合い連なって秩序をつくっているものであり、それが0、9、18、27、36、45、54、63、72、81となって連繋状態を示しているのである。これが、すなわち、9の倍数体である「神の数列」という「聖なる数列」であり、よほどの場合でなければ現れないものである。

 また、そこにある比とは、0:1:2:3:4:5:6:7:8:9(0)となる正自然数の姿を持つものである。すなわちそこには、古神道の祝詞「ひふみ…天地の数歌」が現れて終止符を打ってすべては完となっているのである。改めて言う、この012345は「この世」の数であり、6789(0)は「あの世」の数である。ここでもう一度よく考えて見る、すると最初で、かつ中心の数である0は「見えない数」、また最外側の0000…も「見えない数」である。要するに、これら図の外側に位置する神々を示す0000…の群れ、すなわち、6789も00000…から成り立つ「見えない数」であると言うことである。
 すると「見える数」は1234の4ヶであり、「見えない数」は中心の0と表の最外側の0000…の5、それに表外の6789の4ヶであり、合計6ヶが「見えない世界」の数である。それはすなわち、現代科学で言う自然世界の姿とは「見える世界(4次元世界)」と「見えない世界(6次元世界)」の10次元から成り立っているという次元理論にピッタリ合うことになり、まさに弥栄の限りとなるものである。  <これらの計算の詳細は「宇宙原理表マル秘原図」№10を参照>



 この図が示すように「陰」と「陽」、すなわち「見える世界」と90度異なる位相を持つ「見えない世界」は確かに存在してゆるぎない完全律を持ってつながっていることを示している。しかし、今の現代西洋文明の下では誰もこの事実を知らない。科学者達が現代数学をいくら振りかざして迫って見ても決して自然には通じず、答を返してくれることはない。なぜなら、現代数学の計算法は人間本位のものであり、人間同士にしか通じない符丁のようなもので一切自然とは会話が出来ないからである。しかし、悲しいことに人間サイドはそのことをまったく知らず、相変わらず現代数学(10進法)を武器に自然と対決しようとしているのである。それが如何に愚かなことであるのかはこれら上記の計算過程を見ればよく分かり、自然にも意思があり、目的もあると言うことが理解できるはずであるが…。

<転載終了>

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