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2012年の黙示録より


ユダヤと戦って世界が見えた   白人支配の崩壊と「二つのユダヤ人」

 「ダンス・ウィズ・ウルブズ」が示したもの

  アメリカ人、なかでも白人たちにとってアメリカ先住民族、彼らの言うインディアンとは、かつてのスペイン人たちが南米のインディオたちに抱いたと同じイメージであっただろう。野蛮きわまりない者たち、征服されてしかるべき者たちであった。それに拍車をかけたのが西部劇映画であった。
  しかし今日つくられる西部劇には、インディアンが撃ち殺されていくシーンはない。アメリカではそのような映画をつくることすら不可能になってきている。先住民の叫びが大きな位置を占め出してきているのである。
  そのようななか、1991年第63回アカデミー賞で最優秀作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、オリジナル作曲賞、編集賞、録音賞の7部門を制したのは「ダンス・ウィズ・ウルブズ」であった。この映画はまさにインディアンの悲劇そのものを取り扱ったものである。
  この映画はアメリカ人たちの心を揺さぶった。白人たちはいったい何をしてきたのか、インディアンたちは何を失わされてしまったのか、この映画はそれを正面から取り上げた。
  この映画の主演ケビン・コスナー自身、アイルランド系、ドイツ系、それにインディアンの血を合わせ持つ人物である。彼自身1800万ドルを出資し、独立系の映画会社でこれをつくった。
  この映画が完成し、出演したインディアンたちがこれを見たとき、全員が泣いたという。
  映画そのものに感動しただけではなく、独自の規律を持ち威厳と笑いにあふれた過去のインディアンの姿を見て、貧困と悲しみしかない現在の自分たちがもはやそのようになりえないことを思って泣いたというのである。
  数十年前、西部劇映画の撮影にインディアンたちがエキストラとして雇われるときには、「この映画ではインディアンが立派に取り扱われている。君たちの復権に関わることだ。協力していただきたい」と言われたが、実際にその映画ができあがってみるとインディアンたちは必ず裏切られた。白人たちの銃の下に虫けらのように殺されていく役回りにしかすぎなかったのである。
  それでも映画に出なければ、生活が成り立たなかった。インディアン居住区の中の生活は苦しい。行き場がない。そして貧困と麻薬とアルコール中毒……。
  ところが、「ダンス・ウィズ・ウルブズ」という一本の映画が、アメリカ人や世界中の人びとの意識を変革していったのである。アカデミー賞7部門までがこの映画に与えられたことによってもわかる。
  イギリスのBBC放送も、あるドキュメンタリー番組を次のような言葉で閉じていた。

  しかしインディアンには救いは訪れなかった。1890年12月、ウンデッド・ニーで合衆国の兵士たちが非武装のスーの一団に発砲した。たちまちのうちに300人以上が殺された。『私にはいまもはっきり見える。虐殺された女と子供の死体が谷に散らばっているのを。彼らとともに泥と雪の中で死んだものがもう一つある。それは人びとの夢である。人びとの絆は断ち切られ、中心は失われた。聖なる木も死んだ』
  このウンデッド・ニーの虐殺で、白人のインディアンへの戦争は終わりを告げた。そしてこれがインディアンがアメリカの歴史のページに登場した最後の瞬間であった。アメリカの先住民族であるインディアンが、白人によってついに打ち負かされたのであった。
  しかし野蛮なインディアンのイメージはその後も残った。生き残ったインディアンたちはそのイメージを背負ったまま白人に服従して生きていかなければならなかった。それは彼らにとってそれまで以上に過酷な試練になったのであった。
  最近の調査では、コロンブス以前に住んでいた先住民族の人口は500万人ほどであり、1890年にはそれがわずか25万人に減少した。同じ時期、白人の人口はゼロから増え続け、7500万人を超えるにいたった。

  このような民族間の軋轢、白人社会と有色人種間の争いを世界的な規模で広げていくと、いま日本が立たされている立場がはっきりと見えてくる。日本は有色人種の代表格の国なのである。

 アジア人も白人にねじ伏せられた

  いまから150年前と言えば、日本では江戸時代末期であった。日本の体質が非常に虚弱状態になっているときであった。
  そのころ、欧米列強すなわち白人勢力は、アジア諸国をつぎつぎに自分たちの植民地支配の下に置いていった。その勢いはまさにコロンブスが新大陸に到達して以来、スペイン人ほか、ヨーロッパ人たちが南北アメリカに殺到していった出来事と非常によく似ている。
  ヨーロッパ人たちは貪欲である。自分たちの武力にものを言わせて、取れるものは徹底的に取っていく。そのような欧米人たちの前に、「眠れる獅子」と言われた中国でさえ、赤子の手をひねるようにねじ伏せられてしまった。その典型的なものがアヘン戦争である。
  イギリス東インド会社は中国とのアヘン貿易を是正するためと称して、インド産アヘンを中国へとめどなく密輸し続けた。その結果、中国人たちはアヘンにおぼれ、中国のアヘン輸入は激増していった。そして中国からとめどなく銀が流出していった。経済上、財政上、衛生上、中国に重大な弊害がもたらされたのである
  1839年、アヘン厳禁論者であった林則徐(りんそくじょ)が欽差(全権)大臣として広東に赴任し、イギリス商人たちが持っていたアヘンを没収し、かつ焼却した。当時すでに東インド会社の貿易独占権は廃止されていたが、イギリスのパーマストン内閣は、中国市場を開拓すべく、1841年、開戦を決定した。
  イギリス陸海軍はたちまちのうちに舟山諸島を占領し、沿海を封鎖した。中国の清朝は窮地に立たされ、林則徐を解任せざるをえなかった。和平会議に応じ、1841年、川鼻仮条約が結ばれるに至った。
  しかし条約の中の香港割譲の件を清朝は承知せず、戦争は再び火蓋を切った。しかし1842年夏までにイギリス軍は広東、上海を占領した。清朝もついに屈服し、その年の8月、典型的不平等条約、強圧条約である南京条約を結ばされるに至ったのであった。

 有色人種を奮い立たせた日露戦争勝利

  アジア諸国がこのようにイギリスをはじめヨーロッパ諸国に食いつぶされていくなか、まさに不思議なことに日本は植民地にならなかった。これはその当時のアジア情勢を考えるならば不思議を超えて奇跡と言わざるを得ないだろう。
  その日本は明治維新後の1904年から1905年の日露戦争において、白人国家ロシアを敗退させてしまったのである。日本海海戦においては、まだまだ農民国家、新興国家と言われていた日本が、すでに産業革命を成し遂げ、かつ世界第2位の海軍国であるロシアのバルチック艦隊をパーフェクトに破ってしまった。
  世界、なかでもヨーロッパ諸国は驚天動地のパニック状態になった。白人社会は日本を標的とした。屈服せざる生意気な国、有色人種でありながら白人を敗北させる国と、彼らの目に映った。
  しかしアジア人たち、なかでも中国革命の父と後に言われた孫文は、この戦争について次のように語っている。

  われらの東方に一つの島国がある。東洋の英国とも言うべきこの国が、すなわち日本である。彼らは建国以来、外国に併合されることはなかった。蒙古でさえ彼らを征服することができなかった。
  この大和民族の精神は、今日でも失われてはいない。そして欧米の侵略に抗し、科学の新しい方法を利用して国家を発展させ、明治維新このかたわずか50年で欧米各国と並び立つようになった。
  アジア人とヨーロッパ人とを比べるならば、以前は世界で優秀なのは白人だけであると考えられていた。白人の独占であったのである……そこへ日本が忽然と現われ、世界の一等国になっていった。それはまさにアジア民族にとって無限の希望を与えることとなった。白人のやることを日本人が成し遂げることができ、皮膚の色の違いは才能や知力の優秀さとはなんの関係もない、そういうことがアジア人たちにわかったのである。
  いまやアジアに日本があるがゆえに、白人たちはアジア人を軽蔑しなくなった。アジア人全体の国際的地位が高くなったのである。

  日露戦争における日本の勝利は、日本人の想像をはるかに超えてアジア人たちに大きな希望を与えたようである。
  もちろん日露戦争に勝って日本は軍国主義的傾向を強め、ヨーロッパ諸国と同じような帝国主義的手段でアジア侵略を行なったことはまさに悲劇であり、残念なことであった。しかしかつてそのようなことを行なった日本、そしていままた国際社会で行きづまりつつある日本を、アジア諸国は再び迎え入れようとしている。マレーシアのマハティール首相は、日本に対してラブコールを送り続けている。
  孫文と同じように、インドの父と言われたネールも日露戦争後の日本を次のように賞賛した。

  20世紀の初め、アジアの精神に大きな影響を及ぼす事件が起きた。それは日露戦争で日本が勝利したということであった。あの小さな日本が、ヨーロッパのうちでも最大にして最強の国の一つであるロシアを破ったのである。それはまさに多くの人びとをびっくりさせた。アジア全体にとって、これは驚くべきニュースであった。
  私はいつでも日本の勝利のニュースが伝えられるときに、どれだけ感激し続けたことだろうか。いまでもそれを明確に思い出す……。小さな日本が大きなロシアに打ち勝ったことは、インドに深い印象を刻みつけた。日本がもっとも強大なヨーロッパの一国に対して勝つことができたならば、どうしてそれがインドにできないことがあるだろうか。

  このような日露戦争勝利への賞賛は中国、インドに限らず、多くの有色人種の民族や国家に限りない影響を与えた。彼らを奮い立たせたのである。言葉を換えれば、ヨーロッパ諸国にとっては日本は警戒すべき国と映っただろう。

 第二次大戦のテーマは「生意気な日本人を叩きのめす」

  第一次世界大戦後、日本は飛躍的経済発展を成し遂げることができた。なぜならばその戦争に日本も連合国の一国として参戦はしたが、実質的には中立国と同じような立場であった。その結果、多大な経済的利益を得ることができたのである。
  すなわちヨーロッパ諸国の輸出品の生産能力が減退した結果、東洋、南洋市場のほとんどが日本商品を輸入するところとなったからである。
  こうして既存の工業は飛躍的に発展し、新工業も次から次へと興った。生産部門の異常な繁栄は、貿易における巨額の出超、海運収入を主とする貿易外受取勘定の超過とあいまって未曾有の好景気をもたらしていった。そのなかでももっとも発展したのは造船業である。さらに顕著な傾向であったのは、人造絹糸、染料、薬品、硫安、ゴムなど新興化学工業が急速に伸びたことであった。
  第一次世界大戦の結果、重化学工業の比重がにわかに大となったのである。日本はほぼ完全に欧米並みの工業水準の域に至ったということになる。
  しかしまだこのころ、すなわちいまから6、70年前には、ヨーロッパ諸国、アメリカなどの白人社会は強大な力を持っていた。日本がいかに先進諸国の仲間入りをしようと、なおねじ伏せる自信と力を持っていたのであった。
  たとえば1921年に聞かれたワシントン海軍軍縮会議、それに続く1930年のロンドン軍縮会議においてである。それらではイギリス、アメリカが中心となり、主力艦、空母、巡洋艦、潜水艦において日本の戦力を彼ら以下に、それも全世界が見ている前で下げさせてしまった。
  やがて中国に突き進み体力のそがれた日本を、真珠湾攻撃へと巧みに誘導する知恵をも彼らは持っていた。そして第二次世界大戦で、有色人種の代表と見られていた日本をほぼ完全に叩きのめした。
  しかもそのとどめは原子爆弾を広島と長崎に落とすことであった。アメリカ、なかでもその支配者である東部エスタブリッシュメントたちが、どうして白人国家ドイツの上に原子爆弾を落とすなどということを考えただろうか。100パーセントそのようなことはなかったはずである。しかし日本には落とされた。日本が有色人種国家なるがゆえである。
  恐るべき兵器一発を砂漠で実験しただけで、広島の町の真ん中に落としたのである。しかも朝、民間人が出勤する時間に落としたのである。長崎においても同じことである。
  どうして彼らは離れ島、あるいは人のいない山中に落とさなかったのか。それだけで原子爆弾
の威力は日本の戦争遂行者たちに十分わかったはずである。生きている人間の上に原子爆弾を落としたということは、まさに異様である。人種間の軋轢がいかに恐るべきものか、よくわかる。
  しかし第二次世界大戦でヨーロッパおよびアメリカによって完全に打ちのめされ、しかも2発もの原爆を食らわされた日本が、その灰塵の中から復活したのである。白人社会から見るならばどのように映っているだろうか。


★ なわ・ふみひと の ひとくち解説 ★
  過去500年にわたる白人の歴史が「侵略の歴史」といってもよいものであることは、清水馨八郎氏の著書『侵略の世界史』(祥伝社)に詳しく紹介されています。この本の著者の宇野氏は、その白人社会を裏から牛耳っているのが“ユダヤ”であると言っているのですが、そのユダヤ人には、カザール人がユダヤ教に転向して自らをユダヤ人と名乗るようになったアシュケナジー・ユダヤ人と、聖書に出てくるアブラハムの子孫であるスファラディ・ユダヤ人の2種類がいると述べています。そのことを、わが国で初めてわかりやすく説明したのが宇野氏なのです。
  その説によれば、白人社会を裏から支配し、超大国アメリカをもコントロール下に置いているユダヤ人はアシュケナジー・ユダヤ人ということになります。本来のユダヤ人ではないアシュケナジー・ユダヤ人が、過去500年以上にわたって世界中の国々の植民地化を進めてきたというわけです。アメリカにおいても、コロンブスが入植する前は500万人もいた先住民(インディアン)が、その後短期間で25万人にまで減らさせてしまったことを見ても、白人による民族抹殺のスピードがいかに激烈なものであったかがわかります。
  しかしながら、そのような白人による侵略の歴史は今日ではほとんど表面に出てくることはありません。彼らは自らの“醜い過去”は見事に葬り去ってしまうからです。長年にわたる白人の侵略の歴史の中で、東洋の一国である日本だけは最後まで抵抗を続けたことで、世界支配層から“手強い相手”ということで徹底的な破壊の対象とされ、ついに第二次世界大戦によってドイツ民族とともに完全に骨抜きにされてしまったのです。ドイツには「ユダヤ人を大量殺戮した」という罪を、日本には「アジアの国々を侵略した」という罪を負わせて、それぞれの民族の誇りを奪ってしまいました。そして、自らが長年にわたった世界中で行なってきた大虐殺の歴史はちゃっかりと封印しているのです。
  白人による大虐殺の内容は『ユダヤ問題入門』(泰流社)にも紹介されていますので、併せてご覧ください。
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