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『自民党の憲法改正草案』 



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自民党憲法草案の条文解説http://satlaws.web.fc2.com/souron.html
<一部転載>

総論

1 憲法とはなんだったのか

 憲法は、法律ではありません。近代立憲主義憲法は、国家権力を制限し人権を保障する法です。つまり、法律を作るときや、それを運用するときは、こういう方針でやらなければなりませんよということを、国民が国家に遵守させる法です。日本国憲法もそうなっています。
 今回の草案は、そうした従来の意味での憲法ではありません(そのことについてどう考えるかは自由です)。
 つまり、国民が憲法尊重義務を負い(102条1項)、人権衝突とは別個の概念である「公益又は公の秩序」(12条後段、13条後段、21条2項等)による人権制限が正当化され、「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚」(12条後段)することが要求され、前文冒頭の主語が国家になっているなど、国家から国民への法へと変容を遂げているのです。


2 全体にかかわる変更点

(1) 「公共の福祉」ではなくなる
 人権とは、生きること、幸福を追求すること、知ること、好きなことを考えることなど、人に欠かせないあらゆる権利のことです。それを制限する主要な概念は、「公共の福祉」でした。
 「「公共の福祉」という文言を「公益及び公の秩序」と改正することにより、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにした」とQ&Aにあります。
 従来、「公共の福祉」による人権制約は、他の人権に資する場合にのみ認められるのであり(人権の合計が大きくなるかどうかという視点です。)、他の人権の集合とは異なる「公益」的な何かは存在しないと考えるのが一般でしたが、そのような考え方をしないことを明確にしました。誰の人権のためにもならないが公益にはなるという場合を明確に観念したわけですから、基本的人権の尊重という概念が(少なくとも人権制約の大きい見解を明確に採用して運用されるという点で)今までとは異なっています。具体的にどうなり得るのかは各条文をご覧ください。
 言論や芸術などの表現の自由に対する規制については、「公共の福祉」のなかった21条に「公益及び公の秩序」を入れていますので特に変化が大きいです。
 なお、侵略されてやむを得ず闘わせられる場合や、原発からやむを得ず避難させられる場合が、誰の人権のためにもならないが公益にはなる事例だとの主張がみられますが、この事例では生命そのもの(13条)や生存権(25条)などが守られています。
<「公共の福祉」についての下記サイトの解説>  <表現の自由の重要性についての下記サイトの解説>

(2) 義務が増える
 明確に増えた義務のほかにも、前文や9条の3などには、明確に義務という文言は使っていないけれども国民に一定の態度を要求している部分が相当数あります。これらは、憲法尊重義務を負うことによって、国民が守らなければならないわけですから、法律により具体化されることで明確に義務となり得ます。 21個あるとの指摘を掲示板で頂いています。
 現行26条、27条、30条にも義務が定められていますが、26条(教育を受けさせる義務)、27条(勤労の義務)は権利と関連付けられている上、強制できるような性質の義務ではないこと、30条(納税の義務)は国家を存在させる以上不可欠である上、税金をとるには法律によらなければならないという意味で84条とともに国家を縛っていることから、国民が国家に守らせるという憲法の本質から逸脱するものではありません。

(3) 個人の尊重がなくなる
 さらに、具体的な解釈がどうなるかは不明ですが、全ての人権の根幹である「個人」の尊重(13条)が「人」の尊重に変わっています。これについて、起草委員会事務局長の私見ではありますが、「個人主義を助長してきた嫌いがあるので」変えたとされています。そもそも、人権規定が力を発揮するのは、多数決原理では奪えないマイノリティの人権を保護する局面ですから、個人主義を排し、和(草案前文)を乱す個人は保護しないということだとすると、人権の存在意義が乏しいことになります。憲法が骨抜きになってしまう、見方をかえれば、憲法を骨抜きにすることができる、ということです。
<個人の尊重、立憲主義についての下記サイトの解説>

(4) 同じ文言でも解釈が変わる
 このような憲法の趣旨に照らして各々の文言が解釈されますから、形式的には何ら変わっていない文言であっても、異なった解釈になり得ることになります。
 例えば、「思想及び良心の自由」(19条)という文言は全く変わっていませんが、「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」(3条2項)ことによって、君が代の伴奏をしたくないという考えが「思想及び良心の自由」(19条)に含まれにくくなるということは、理解できるのではないでしょうか。
 もう一つ例を挙げると、「表現の自由」(21条1項)の文言は変わっていませんが、21条2項の追加による制限があり得ます。また、例えば「投票価値の徹底した平等を実現しよう」というビラを配る場合、行政区画等も勘案するとする47条に反しており、102条1項で負っている国民の憲法尊重義務を守っていないことから、そのようなビラ配布が「表現の自由」(21条1項)として保護されにくくなり、ピザ屋がビラ配布の際に当たり前にやっているような軽微な建造物侵入でも捕まりやすいことになる、というふうに他の条文の影響を受けます。


3 特に目立つ誤解

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