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日月神示 抜粋してみました。 (自分の気づきのために)

日月神示の時節を読むの「狼尊」様。梶原流数霊術の「梶原」様、大摩邇(おおまに)「月は盈つとも虧くるとも」様他から選びました。

「人々が神に目ざめないと、わしが死んでから三代目か四代目になったら、たいへんなことに(人間の姿、感情を持った子供が殆ど生まれなく)なる。それがわしは、本当に一番心配なんだ」
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上(うえ)、中(なか)、下(しも)の三段に身魂をより分けてあるから、神の世となりたら何事もきちりきちりと面白い様に出来て行くぞ。
神の世とは神の心のままの世ぞ、今でも臣民神ごころになりたら、何でも思ふ通りになるぞ。
臣民 近慾(ちかよく)なから、心曇りてゐるから分らんのぞ。
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日本の国の臣民 皆兵隊さんになった時、一度にどっと大変が起るぞ。・・・
秋の空グレンと変るぞ。
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親と子であるから、臣民は可愛いから旅の苦をさしてあるのに、苦に負けてよくもここまでおちぶれて仕まうたな。鼠でも三日先のことを知るのに、臣民は一寸先さへ分らぬほどに、よう曇りなされたな、それでも神の国の臣民、天道人を殺さず、食べ物がなくなっても死にはせぬ、ほんのしばらくぞ。木の根でも食うて居れ。
闇のあとには夜明け来る。神は見通しざから、心配するな。手柄は千倍万倍にして返すから、人に知れたら帳引きとなるから、人に知れんやうに、人のため国のため働けよ、
それがまことの神の神民ぞ。

・食料が無くなる。
・生き残った人は木の根を食べてでも命を繋げ。
・善行は人知れずやれ、陰徳を積め。

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 人民同士の戦では到底かなはんなれど、いよいよとなりたら神がうつりて手柄さすのであるから、
それまでに身魂みがいておいて呉れよ。
世界中が攻め寄せたと申しても、誠には勝てんのであるぞ、誠ほど結構なものないから、誠が神風であるから、
臣民に誠なくなりてゐると、何んな気の毒出来るか分らん
から、くどう気つけておくのざぞ、腹掃除せよ。
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黙ってゐても力ある人いよいよ世に出る時近づいたぞ。
力は神から流れ来るのぞ。
磨けた人から神がうつって今度の二度とない世界の、世直しの手柄立てさすぞ。
みたま磨きが何より大切ぞ。
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よき事も現れると帳消しとなる事知らしてあろが、人に知れぬ様によき事はするのざぞ。
この事よく深く考へて行へよ。
昔からのメグリであるから、ちょっとやそっとのメグリでないから、何処へ逃げてもどうしてもするだけの事せなならんのざぞ。
どこにゐても救ふ臣民は救うてやるぞ。
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人助けておけば、その人は神助けるぞ。
神界と現界
の事この神示よく分けて読みて下されよ。
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地上人が、限りなき程の想念的段階をもち、各々の世界をつくり出している如く、霊界にも無限の段階があり、その各々に、同一想念をもつ霊人が住んでおり、常に弥栄しつつある。
下級段階で正なりとし、善を思い、美を感じ、真なりと信じ、愛なりと思う、その想念も上級霊界に於ては必ずしもそうではない。
美も醜となり、愛も憎となり、善も真も そのままにして善となり、真と現われ得ない場合がある。
其処に偉大にして、はかり知られざる弥栄の御神意がある。
と同時に、+(真善) (真善美愛) (歓喜) (大歓喜)と現われる神秘なる弥栄があり、悪の存在、偽の必然性などが判明するのである。
故に、下級霊人との交流は、地上人にとっても、霊人にとっても、極めて危険極まりないものではあるが、半面に於ては、極めて尊いものとなるのである。
下級霊人自身が (善)なりと信じて行為することが、地上人には (悪)と現われることが多いのである。
何故ならば、かかる下級霊と相通じ、感応し合う内的波調をもつ地上人は、それと同一線上にある空想家であり、極めて狭い世界のカラの中にしか住み得ぬ性をもち、他の世界を知らないからである。
それがため、感応してくる下級霊の感応を、全面的に信じ、唯一絶対の大神の御旨なるが如くに独断し、遂には、自身自らが神の代行者なり、と信ずるようになるからである。所謂(いわゆる)、無き地獄をつくり出すからである。
地獄的下級霊の現われには、多くの奇跡的なものをふくむ。
奇跡とは大いなる動きに逆行する動きの現われであることを知らねばならない。
かかる奇跡によりては、霊人も地上人も向上し得ない。
浄化し、改心し得ないものである。
また、霊人と地上人との交流によるのみでは向上し得ない。
脅迫や、賞罰のみによっても向上し得ない。
総て戒律的の何ものによっても、霊人も地上人も何等の向上も弥栄も歓喜もあり得ない。
半面、向上の如くに見ゆる面があるとも、半面に於て同様の退歩が必然的に起ってくる。
それは強(シ)いるが為である。神の歓喜には、強いることなく、戒律する何ものもあり得ない。
戒律あるところ必ず影生じ、闇を生み出し、カスが残るものである。
それは、大神の内流によって弥栄する世界ではなく、影の世界である。
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従ふ所へは従はなならんのざぞ、と申してあろ、時節に従って負けて勝つのざぞ、負けが勝ちぞ、判りたか。
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今に此処の悪口申してふれ歩く人出て来るぞ、悪口云われだしたら結構近づいたのざと申してあろ、悪口は悪の白旗ざぞ。
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口で云ふことよくきけよ。
肉体で云ふこと、神の申すこと、よく聞きわけ下されよ。
霊媒通じてこの世に呼びかける霊の九分九分九厘は邪霊であるぞ。
はげしくなるぞ。
世界一平まだまだ出来さうで出来ない相談。奥の奥、見通して下され。うごきは必要であれど、皮むくぞ。
次も駄目、次も駄目、その次の次がまことの一家ぢゃ。
寒い所 暖かく、暑い所 涼しくなるぞ。
仏には仏の世界はあれど、三千年でチョンぞと申してあらう。
神示しめすに、順乱して来るぞ。
慾出して下さるなよ。
順乱れる所に神のはたらきないぞ。
人民 自由にせよと申して、悪自由してならん。
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百年祈りつづけても祈りだけでは何もならん。
それは祈り地獄ぢゃ。
祈り地獄 多いのう。
肉体人は肉体の行せねばならん。
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神は人間の想念の中に入ってゐるのぢゃ。
想念が一致するから神の想念が人間に伝はるのぞ。
人間の言葉となって人間に現はれる。
言は神であるが人間でもあるぞ。
自分が自分に語るのであるぞ。
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今迄の信仰は何処かにさびしき、もの足りなさかあったであらうが。
片親がなかったからぞ。
天に仕へるか、地に仕へるかであったからぞ。
この道はアメツチの道ざと知らしてあらうがな。
清くして富むのがまことぢゃ。地も富まねばならんのぢゃと申してあらうが。
これから先は金もうけばかりも出来ん。今迄のやうな神信心ばかりも出来ん。
神の理(ミチ)を進むものは嫌でも金がたまるのぢゃ。金がたまらねば深く省みよ。理に外れて御座るぞ。
人は罪の子でない、喜びの子ぞ。

  ミタマ(身魂)磨けておれば、心配なくなるぞ。心配は、磨けておらぬ証拠ぞ。
  ミタマ磨きとは、善いと感じたこと直ちに行なうことぞ。
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